理に適う作法

遅まきながら、氏神さんへの「おついたち参り」。
今回は玉串料を当日の朝まで忘れていたという迂闊っぷり。「禊雨」が「嘆き雨」となって昼過ぎまで降ってました(笑)。準備不足への戒めですね。

太極拳 さいせんmig

多少バタバタとしましたが、時間にも間に合い、いつもと変わりなく参拝が終わりました。
一しきり終わりましたところ、神職さんが

「勉強してきましたね?」
「・・・恐れ入ります」( ̄ー ̄)ニヤリ

玉串の作法です。

前回のおついたち参りで多少のレクチャーを受けまして、いちおう予習と復習をしてきましたからね。
ただ、玉串は緊張するのでけっこう覚えが飛びます。

「神前におかれまして一般の方としては申し分ありません」
「これはもう、ありがたいお言葉です」( ̄ー ̄)ニヤニヤ

神前において私が出来る事は感謝を奉げる事と、多少なりとも適う所作を心がける事。
利益をこれっぽっちも願ってない!・・・なんて書くと嘘になりますが、そのあたりは「足るを知る」ことが足りない証。まだまだです。

 

有難いことに、その後、細かいコトまでお教えいただきました。運足や角度など。
・・・あまり覚えていないのが我ながら残念です。
少々足の痺れに気が行ってしまったのは言い訳として、いろいろと手がかりを得られたので調べていけば何とかなるでしょう。
こうした機会を得て、作法というのは「理」に適っていることを思い知りました。
礼においても前を見るための角度、見ないで良い角度。立ったり座ったりetc。
少々向きは違いますが「武家の作法」が隙を生まない付け入らせないことを前提に構成されていることは知っていましたが、やはり実践となるとまた違ってきます。神前の殿上作法ながら、いろんな点において「理」があることを実感しました。たまたま神職さんが作法を教える立場の経験があったことも僥倖(ぎょうこう)でしたね。