型とリラックス

都知事選も無事に終わりましたね。

いずれにせよ、これからは女性が活躍する時代ですね。
そういう女性に「八卦掌セミナー」がお勧めです(笑)。
美容、心身の調整、護身、哲学etc・・・11月に開催予定です。ご参加お待ちしています。

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『純陽剣』のうち【野馬跳澗】

 

さて、日本における太極拳の現状は、少し前に比べると随分と方向性が変わりましたが、今でもそれなりに身体の健康や型のみを追い求める傾向が強いです。(ある意味当然と言えば当然なのですが)

「この型のポーズを取ったから、健康になれる」という具合に。

健康は大事なことなのですが、こういった傾向を見るとどこか方向性に違和感を感じます。

「正しい型」への執着、寸分たりとも型が異なることへの恐れ、「型取り」ばかりを重視し、基礎を疎かにする。

結論からいうと、型ばかりで「気」の流れない太極拳はラジオ体操以下です。本来の「功夫」「鍛錬」「稽古」などから、一見、健康だけを重視した太極拳は次第に形ばかりを追う「踊り」のようになっていってました。

※ダンスの経験者から見れば「踊り」というのも少々おこがましいです。ダンスは基礎鍛錬が相当重要なのです。

型と同じ形を取ることが目的ではなく、型はひとつのガイドラインとして考えることです。

「気」は・・・というよりも先ずはひたすら自分の身体を「感じる」ことから始まります。「気」なんて流れていてもいなくても構わずに継続します。
そして、極端には、身体の部位の、たったひとつの細胞さえ把握できることを目指します。

 

さて、リラックスですが、リラックスを掴むのには「リラックスする、したい」という観念ではダメです。
それ自体がすでに強い執着、拘りになり、場合によっては強迫観念になってしまいます。

「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」とまではいかなくても、「すべてをゆだねる」精神の境地を掴まなくては
ならないでしょう。

心と身体はひとつです。
心が緩んだ状態になると、身体もリラックスしています。
その「逆もまた真なり」ですが、要するにどちらからか入らないといけません。

どちらからもアプローチは可能ということです
ただ、所作、身のこなし、武道において肝要なのは「心が身体を動かす」ことです。
そういう点で心からのアプローチを重要視しています。

 

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師範より剣の指導を受ける小林講師。

「軌道と通し方が甘い」と。

武器術もリラックスのためには有効な鍛錬法です。
武器を持つことによる緊張や意識の偏りを自覚し、武器を自分の手足を化していくことにより、
それを解消していきます。

 

とはいえ、「すべてをゆだねる」というのは、現代社会に生活している以上、決して簡単なことではありません。
その「すべてをゆだねる」心をいかにして掴むか、ですが、
そのひとつとして、二人でやる推手や約束稽古があります。
(基本的に老師、師範の監督の下でしか行いません)

とにかく、すべて自分の考えを捨て「こうしたい」「ああしたい」をなくして、心を真っ白にして行動していくのです。 「技をかけたい」あるいは「こわい」という自我がカラダの動きの邪魔を阻害してしまいます。